2026.4.11
今朝の河北新報に女性参政権行使80年、とありました。
同時に東北や宮城県内の女性議員を取り巻く環境なども取り上げられています。
特に「終戦の翌年、日本で初めて女性が参政権行使して、投票した1946年4月10日の衆院選は女性達に大きな影響を与えた」、という下りは、胸に響きます。
先輩女性達が、女性の声を政治の場に届けていくために勝ち得た権利であり、そこには尊敬する市川房枝さんがおられたという事実。
私も市川房枝財団へ通いながら学んだ1人としてご存命中にはお目にかかっていないものの、その記念館に展示されている資料や今尚、その遺志を継ぐべく全国から集う者達の熱量を思い返しています。


東北における女性議員の数も増えてきてはいるものの、1人以下の議会は46.7%と。
私が岩沼市議会に初当選したのは、「平成15年(2003年)12月」のことでした。当時、岩沼市議会には先輩女性議員がお一人おられ、私が当選して2名(当時の議員定数は21名)になったのでした。
議員を志したのは、「地域の暮らしやすさ向上のために、もっと幅広い世代の声、女性の声、子どもの声を市政に届ける1人になりたい」という理由でした。
議員になってみて、沢山の皆さんから様々な声を聞かせていただき、議会での毎回の一般質問登壇を重ねてきました。
1年に4回の定例会が開かれていますので、4✖️18年➕1回(令和8年2月定例会)という数の登壇、そして通常は通告項目も2、3項目を取り上げていますので、ざっと150余りの政策提言を重ねてきたことになります。
時代に沿った、時に時代を先読みした政策提言もあり、直ぐに実現することばかりではありませんが、執行部に市民の皆さんの声を届ける役目として、常の議員活動と共に大事な議会活動と捉えています。
岩沼市議会においては、現在5名の女性議員がおり現議員数15名に占める割合は、3分の1にあたります。
女性議員が増えない理由なども新聞記事内に取り上げられていますが、地域の中で声を上げにくい環境や「女性のクセに」という厄介なものがあるのは事実だと思います。
特に地方議会においては、親戚・同級生(幼なじみ)などの多くある方に得票が得やすいという現実もあるでしょう。女性は、結婚や家族の転勤で生まれた地を離れている場合も多く、そういう点では「親戚・同級生(幼なじみ)」がいない、というのはハードルの高さにもなっています。そういう私も、出身地は北海道伊達市ですので、親戚・同級生(幼なじみ)はおりません。毎回、選挙戦度に苦戦しています・・・しかし、志同じ方々に議会に送り出していただいていること、本当に有難いことです。
ある地方議会では、新人女性議員として活動していた方が、当選してから家族や地域からやっかまれ、2期目への立候補を断念した、という話もあります。
女性ならではの、育児・介護・家庭という問題も直面します。
私が初当選したのは、我が家の子ども達が高校3年生、2年生の時でした。
丁度、上の子は進学を控えた時期でもあり、選挙事務所の留守番をしながら受験勉強をしていたことも思い出されます。
私の両親は既に逝去していましたが、連れ合いの両親は健在でした。
東日本大震災後の混乱や被災した家屋から義両親の住居の確保、生活再建、諸々もありました。この20年の中で高齢者施設入居、見守り、施設からの緊急呼び出し対応、色々な経験も経てきました。
時に時間の遣り繰りも厳しいこともありましたが、議員活動は自分が寝る時間を削ってもまっとうする、その思いを貫いてきました。
仕事というものは、そういう責任もあると思って過ごしてきた18年間でした。
昨今、様々な場での働き方改革ということが取り沙汰されています。
議員という立場は、非常勤でもあり、時に夜駆け、朝駆けも常だと思ってきました。
しかし、次の世代にそれを求めるつもりはありませんし、何よりも使えるツールも増えてきています。
各自のSNSやパソコン、議会貸与のタブレット端末もあります。
議員それぞれにスキルも異なるところがありますが、情報伝達手段として便利に使えるようになりつつあります。
女性議員がこれから増えていけるのか?
立候補も選挙戦もご本人の意思によるところが大きいので何ともいえないのですが。

私が初当選した時代とは、随分とハラスメントに関しての意識も高くなってきている、とは感じます。
(今は既に議員ではない方からの、からかいや嘲笑も当時はありました。)
20年近く前には、こんなことも。
①私が議員質問席にて一般質問をしている時、その後ろの席の男性議員が「布田さんのお尻を見ていて、ウチの母ちゃんみたいで親しみを感じる」という趣旨の発言がありました。
また、
②別の男性議員は「布田さんの髪の毛はどうして茶色いのか。安い白髪染めを使っているからか」
当時、声を荒げて「それはハラスメント(セクハラ)に当たります」とは取り上げませんでしたが、「私が貴方の発言で嫌な気持ちになったら、それはハラスメントですよ。」とやんわりと告げたことはありました。
発言をした方々は、「声をかけることが親しみを伝える」と考えていたのかもしれませんが、男性中心社会で仕事をしてきて議員になっていた方々の穿った視点だったのではないかと見ています。
今、岩沼市議会では
『令和8年1月13日に開催いたしました第1回臨時会において、「岩沼市議会ハラスメント防止及び根絶に関する条例」を全会一致で可決しました。岩沼市議会では、議会内で発生したハラスメント疑惑により、令和7年7月に副議長が議員辞職するという事態となりました。本市議会は、この事態を重く受け止め、議員間又は議員と職員間等におけるハラスメントの防止と根絶、また今後、いかなるハラスメントも許さないという強い決意のもと本条例を制定し、ハラスメントに対する議会の意識付けと、防止策及び対応策を講じ、信頼される議会の実現に取り組んでまいります。』
という状況があります。
ここに至るまでには、女性議員への「これまでのハラスメント事例」に対する聞き取りもありました。私も自分が経験してきたことを伝えています。
男性も女性も互いを尊重し合い風通しよい職場環境で活動することが当たり前ですし、一方の性だけに優位にある、ということではありません。
黙っていては変わらない、声を届け続けていくことが、議員の使命であり大きな役目です。