御年95歳大先輩の「戦後の女学生」講話、当日私の動画撮影(スマホ)を大先生がDVDに仕立てて下さいました。
ご本人様には元データもUSBメモリに入れて添えます。
ノー原稿で40分余りの講話、聞き応えある終戦末期・戦後の体験談です。
先の投稿にも少々書いていますが、講師・鈴木ともさん、昭和20年4月に宮城学院に入学されました。
時は、第二次世界大戦の終末に差し掛かっていました。
本土にも米軍爆撃機が度々襲来、東京大空襲のみならず、各地の空襲で被害が出ており、お亡くなりになっている方々も多数出ている時期だったと聞いています。
岩沼から当時仙台市中心部にあった学舎へ蒸気機関車で通学したこと、授業中に空襲警報が発令されると即座に下校となり、仙台駅付近にあった地下道に身を潜めて警報解除を待ったことなど、私たちに語ってくださっています。
先の投稿にも少々書いていますが、講師・鈴木ともさん、昭和20年4月に宮城学院に入学されました。
時は、第二次世界大戦の終末に差し掛かっていました。
本土にも米軍爆撃機が度々襲来、東京大空襲のみならず、各地の空襲で被害が出ており、お亡くなりになっている方々も多数出ている時期だったと聞いています。
岩沼から当時仙台市中心部にあった学舎へ蒸気機関車で通学したこと、授業中に空襲警報が発令されると即座に下校となり、仙台駅付近にあった地下道に身を潜めて警報解除を待ったことなど、私たちに語ってくださっています。
貴重なお話の記録を撮影して残せたこと、そして動画保存が果たせたこと、ありがたいことに思います。
語って下さった鈴木とも様、DVD仕立てにご尽力下さった大先生に感謝いたします。
語って下さった鈴木とも様、DVD仕立てにご尽力下さった大先生に感謝いたします。

